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からごころ

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からごころ(から心、唐心、漢意、漢心)とは、本居宣長が提唱した思想概念批評用語の一。日本古来のはかりごとを加えず善悪ともにありのままのさまを尊ぶ素直な態度に対して、中国文明に特徴的であると宣長の考えた、物事を虚飾によって飾りたて、様々な理屈によって事々しく事象を正当化したり、あるいは不都合なことを糊塗したりする、はからいの多い態度を指した本居宣長が提唱した思想概念批評用語の一つ「漢意」に端を発する。

宣長は源氏物語和歌の研究(源氏物語玉の小櫛石上私淑言)を通して、人間のあるがままの感情を、善悪の倫理的な判断に及ぶことなく、そのままに肯定すること(もののあはれの説)が、文学ひいては人間のあるべき姿であると考えるにいたった。これは、当時の社会にあっては、文学を儒学的(特に朱子学的)なドグマから開放する極めて先鋭な文学意識であり、後世の国文学研究に大きな影響を与えたが、宣長はこうした発想をさらに日本尊重・中国文化排斥の方向へと拡大し、「やまとごころ」と「からごころ」の対比によるその思想体系を築きあげた。

宣長にあっては、漢意こそは上代以来の日本の優れた人倫や文明の健全なる継承を妨げる障害であり、いかなる場合にあっても排撃の対象として極めてマイナスの評価しか与えられていない。漢意は、中国や中国人からの移入によるだけではなく、仏教や儒学によって、日本人は知らず知らずのうちにその影響を蒙っており、そこから離れて日本人本来の心性(やまとごころ。そのもっとも純粋なあり方が上代における日本人の精神生活である)を取戻すことが重要であると宣長は考え、後期になると漢意をやまとごころによって克服することの重要性を訴えるあまり、馭戎慨言のような著作を生むに至った。

定義編集

以下の3通りに解釈することができる。

  1. (漢意、漢心)中国の文化・文明・精神・思想などのこと。あるいはこれらを日本に取り入れようとする心。
  2. 広く外来文化(文明・精神・思想)に感化されること。
  3. (漢意、漢心)中国、台湾、朝鮮といった漢字文化圏の制度や思想に学ぼうとする近年の思想。

近代以降編集

「から(漢、唐)」とは中国をさす言葉であるが、「唐」と書いて広く外国を指すこともある。近代以降外来文化を積極的に取り入れ、外国に学び、また外国に憧れを抱くという風潮は根強い。こういった現代においては、中国に限らず西洋その他の外国を含めた広義での「からごころ」という用語が使われることがある。

評価と今後の課題編集

古来から「からごころ」という概念はマイナスイメージとして取り上げられてきた。現代の日本は西洋文化の影響をかなり受けており、また対米追従によって日本国民の民意尊重がおろそかになっている部分があり、まさに排除の対象としてのからごころだ。それに対する批判から、身近な漢字文化圏に学び、よいところを取り入れることが課題といえよう。これもよい意味での「からごころ(漢意、漢心)」と呼ぶ。

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