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アイドル四天王

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アイドル四天王(アイドルしてんのう)とは、1980年代後半、すなわち昭和時代末期から平成時代初期の日本において人気を得た女性アイドル歌手4人の総称、俗称である[1]

  1. 浅香唯
  2. 工藤静香
  3. 中山美穂
  4. 南野陽子

の4名が該当(50音順)し、テレビ情報誌ザテレビジョン』(1988年8月26日、通算303号)などで取り上げられた。「アイドル・クィーンBIG4」とも表現されたほか[2]、後年「女性アイドル四天王」とも紹介されている[3]。これらの呼び名は、主に1988年昭和63年)から1990年平成2年)頃にかけて使用されていた。2016年現在、4名の何れもが芸能活動を継続中である。

基本データ 編集

それぞれの人物の来歴・詳細・ディスコグラフィは、各人物名の項目を参照のこと。

浅香 唯編集

工藤 静香編集

中山 美穂編集

南野 陽子編集

概要 編集

1980年代の半ばには、例えば1980年デビュー組の松田聖子1982年デビュー組の中森明菜小泉今日子などが女性トップアイドルとして君臨していたが、その後では1985年デビュー組が豊作であり、この世代からは浅香・中山のほか、斉藤由貴本田美奈子芳本美代子など、次世代のトップアイドルを嘱望された新人が数多く登場した。

さらに、1985年4月にテレビ番組夕やけニャンニャン』が放映開始になると、番組から登場した素人キャラクターをセールスポイントとした大規模アイドル集団・おニャン子クラブとその会員メンバー達[4]が続々と登場し、番組のブームと共に急激な台頭を見せる。

おニャン子クラブとそのメンバーはレコード盤の初動売上に大きな強みを持っており、全盛期にはオリコンヒットチャートで“初登場1位”を次々と奪取[5]するほどの熱烈な局地型人気を誇ったものの、1987年になるとブームは終息し、8月末に『夕やけニャンニャン』が終了、おニャン子クラブも翌9月に解散。元会員メンバーはフジテレビという大きな後ろ楯を失う形で芸能界の熾烈な生き残り合戦に晒され、程なく大半がフェードアウトしていった。その後の音楽シーンの趨勢はバンド・ブームから1989年のTBS『三宅裕司のいかすバンド天国』による「イカ天ブーム」へと推移し、さらに若者の音楽文化が後に言うところのJ-POPなど一気に多様化した事も一因となり、同時に従来の清純派アイドル歌謡の人気を支えてきた総合的な音楽・歌謡番組も衰退傾向となる[6]。おニャン子クラブの仕掛け人であった秋元康が「おニャン子を応援していたようなファンが反動で、強いメッセージのあるものを求めていた」と後に回顧したように[7]、おニャン子クラブのブームの大きな反動が起き、後に言うところの"アイドル冬の時代"が到来し、1990年代に掛けて徐々にアイドル歌謡の市場を暗く覆い尽くすこととなる。

この様な逆風が吹き始める直前の1987年頃から、積極的なテレビドラマ出演とその主題歌のヒットで徐々に広範な人気を得ていた中山美穂と、同期デビュー組よりも一歩先んじて脱アイドル・女優路線へ移行した斉藤由貴の後を継ぐ形で人気テレビドラマ『スケバン刑事』シリーズで主演に抜擢された南野陽子[8]浅香唯[9]、おニャン子クラブ解散後にソロ歌手として頭角を表した工藤静香が、その他のアイドルたちを凌駕する勢いでオリコンヒットチャート上位の常連となった。つまり、端的に言えば、"アイドル冬の時代"が到来する直前に女性アイドル歌手としてトップに君臨した4名を「アイドル四天王」とマスコミ等が便宜的に一括りで表現したものである。

しかし、元々正式な音楽ユニットでないこともあり、程なく各々がアイドル路線から実力派アーティスト路線や女優業への路線転換を徐々に模索し始めると共に、「アイドル四天王」の呼称は自然消滅していった。

特徴 編集

古くは、1950年代美空ひばり江利チエミ雪村いづみ三人娘1960年代中尾ミエ伊東ゆかり園まりスパーク三人娘1970年代小柳ルミ子南沙織天地真理新三人娘森昌子桜田淳子山口百恵花の中三トリオ、1980年代前半では薬師丸ひろ子原田知世渡辺典子角川三人娘など、同時期に活躍するアイドル達を指す総称・俗称は時代ごとに存在し、揃って映画に出演したり[10]雑誌の取材を受けたり[11]、テレビ番組に出演することがあった[12]

しかし、「アイドル四天王」と呼ばれた4名が、それら先代アイドル達のように揃って同じ映画に出演した記録はない。せいぜい、4名のうち数人が音楽番組やテレビドラマで共演した程度である(下記「#エピソード」参照)。ただし、偶然揃って音楽番組に出演したことはあり、1989年3月15日放送のCX系音楽番組『夜のヒットスタジオ』などがある。

また、例えば「三人娘」は生まれが皆同じ1937年、「スパーク三人娘」は当時所属していた事務所がいずれも渡辺プロダクション、「新三人娘」は歌手デビューした年が皆同じ1971年、「花の中三トリオ」は芸能界デビューのきっかけが皆同じテレビ番組『スター誕生!』(NTV系)、「角川三人娘」は皆角川配給主演映画の主題歌を歌った、というような、特筆すべき共通点は見受けられない。

同様に、1990年代の同時期にトップとなったが個人同士の関連性が薄いアイドルや役者たちの総称・俗称として、牧瀬里穂観月ありさ宮沢りえらを指した「3M」や、織田裕二加勢大周吉田栄作らを指した「平成御三家」がある。

エピソード 編集

  • 浅香・中山・南野に限って言えば、歌手デビュー日がほぼ同じである(浅香・中山は1985年6月21日、南野は2日後の6月23日)。
  • 工藤と中山は、CX系テレビドラマ『おヒマなら来てよネ!』(1987年10月〜12月)で初共演後、翌年12月放送のスペシャル・ドラマ『ミスマッチ』でW主演を務めた。また、アイドル誌「月刊明星」の付録冊子では、「お互い料理が好きで、レシピを交換しあっている」という旨のコメントが掲載されたこともある。
  • 工藤と南野は、CX系テレビドラマ『熱っぽいの!』で共演をした。
  • 4名とも、TBS系『ザ・ベストテン』(1989年9月終了)やNTV系『歌のトップテン』(1990年3月終了)の番組後期において、ランクインする常連歌手であった。2000年代に入ってからは、年の暮れに『ザ・ベストテン』の特別番組が何度か放送されていたが、浅香と南野が積極的に出演していたのに対し、工藤と中山は仕事をセーブしている状態であったためか一度も出演していない。
  • 1988年の第39回NHK紅白歌合戦に、工藤と中山が揃って初出場を果たした。その紅白NHKは、「中山美穂(トップバッター)→松田聖子→工藤静香→中森明菜→小泉今日子」という、1980年代アイドル史を代表するような面々を揃えている。なお2011年現在、浅香・南野に出演歴はない。
  • 当時は大型タイアップとして楽曲の起用でヒットが期待された、化粧品会社のコマーシャルソングにそれぞれ起用されたことがある。浅香は「C-Girl」(カネボウ化粧品 '88夏 キャンペーン・ソング)、工藤は「MUGO・ん…色っぽい」(カネボウ化粧品 '88秋 キャンペーン・ソング)、中山は「色・ホワイトブレンド」(資生堂 '86春のキャンペーン・ソング)、「ツイてるねノッてるね」(資生堂 '86秋のキャンペーン・ソング)に「ROSECOLOR」(資生堂 '89春のキャンペーン・ソング)、南野は「吐息でネット」(カネボウ化粧品 '88春 キャンペーン・ソング)。これら6曲のうち、「色・ホワイトブレンド」「ツイてるねノッてるね」以外の4曲はすべてオリコンのヒットチャートで1位を獲得した。
  • 1989年初頭には、テレビ情報誌『ザテレビジョン』において南野陽子(1989年1月13日、通算322号)→工藤静香(1989年1月20日、通算323号)→中山美穂(1989年1月27日、通算324号)→浅香唯(1989年2月3日、通算325号)と、リレー式に表紙を飾った[13]
  • 1980年代後半には、ニッポン放送の日曜深夜枠で、4名がほぼ連続して帯状に番組を持っていた時期があった。(一時期の例:『ちょっとだけええかっこC』〈中山美穂/23:00〜23:30〉→『少し大人のシルエット』〈浅香唯/23:30〜24:00〉→『Yes, It's You』〈工藤静香/24:00〜24:30〉→『南野陽子 ナンノこれしきっ!』〈南野陽子/25:00〜25:30〉)
  • 4名とほぼ同時期にアイドル歌手で活躍した面々は、女性ではWinkCoCoが、男性では少年隊光GENJI男闘呼組などがいた。

2005年以降の近況 編集

浅香唯
2005年、TBS系の昼帯TVドラマママ!アイラブユー』に主人公役で出演した。2007年、長女の出産後は一時育児休業していたが、程なくして活動再開、2010年にはライブも開催している。また長い交際期間を経て結婚した夫とニ人で、バラエティ番組に出演する事もある(NTV系バラエティ『踊る!さんま御殿』など)。最新シングルは、2005年12月16日発売の「笑顔の私」。
工藤静香
2007年には、ソロ・デビュー20周年を記念したシングルA面ベストライブDVD-BOXを発売。翌年、自身初となるシングルB面ベストのほか、中島みゆきの楽曲をカバーしたアルバムを発表した。2010年の第95回「二科展」絵画部では、画名『瞳の奥』で特選を受賞している。最新シングルは、2008年11月5日発売の「NIGHT WING/雪傘 」(両A面シングル)。
中山美穂
2002年に結婚後はパリを拠点に生活。日本での芸能活動を一時休止していたが、2005年頃からテレビCM出演を中心に活動を再開。2007年から雑誌『LEE』でエッセイを連載、書籍も刊行された。2010年には、自身主演の映画『サヨナライツカ』が公開。最新シングルは、1999年9月16日発売の「Adore」(本シングル発売後に配信限定での発表曲もあり)。
南野陽子
舞台『細雪』や映画出演などの女優業に加え、NHKものしり一夜づけ』での司会業や、バラエティ番組『笑っていいとも!』のレギュラー出演等、新ジャンルにも挑戦。また2011年には、43歳にして晩婚を発表。これにより、アイドル四天王と呼ばれた4人全員が既婚者となった。最新シングルは、2005年7月27日発売の「はいからさんが通る/吐息でネット」(リテイク・シングル)。

脚注 編集

  1. アイドル雑誌『BOMBアイドル30年読本』(2010年3月発行、ISBN:9784056058826)70から71ページ目にて、1988年の出来事として各々のエピソードとともに『中山・南野・浅香・工藤「アイドル四天王」躍動。』と紹介されている。
  2. テレビ情報誌『ザテレビジョン』(1988年8月26日、通算303号)参照。
  3. 2008年4月4日放送のテレビ朝日系列ミュージックステーションSP』では、出身地別の過去の出演映像で、中山美穂の映像の際に「工藤静香らと共に女性アイドル四天王と呼ばれる」とテロップが表示された。
  4. 工藤の他にも河合その子新田恵利国生さゆりニャンギラス福永恵規城之内早苗高井麻巳子&岩井由紀子うしろゆびさされ組)・渡辺美奈代渡辺満里奈うしろ髪ひかれ隊など(シングルまたはアルバムでオリコン1位を獲得した会員メンバー)。
  5. 母体のおニャン子クラブを筆頭に、会員メンバーたちが次々ソロデビューし上位にランクインした。「おニャン子クラブ#1986年のオリコンシングルチャート1位の記録」参照。
  6. TBS系『ザ・ベストテン』、NTV系『歌のトップテン』、CX系『夜のヒットスタジオ』及び『サウンドアリーナ』『MJ』等の後続番組、EX系『歌謡びんびんハウス』等が1990年代前半までに次々と終了した。
  7. オリコンウィーク「The Ichiban」1997 Vol.19号、P.23インタビューより。
  8. スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』2代目麻宮サキ
  9. スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇』3代目麻宮サキ役
  10. 「三人娘」による映画『ジャンケン娘』(昭和30年公開)など。
  11. 2006年12月20日放送の日本テレビ系特番『年忘れ2006豪華スタア紅白歌合戦』に天地真理が出演した際、新三人娘が揃って撮影された写真(近代映画社提供)がワイプで登場した。
  12. 第14回NHK紅白歌合戦第15回NHK紅白歌合戦では「スパーク三人娘」名義ではないが、中尾・伊東・園が3人1組で出場した。
  13. 表紙に掲載された話題は、南野陽子が「新連載エッセイ「月夜のくしゃみ」スタート!」、工藤静香が「新しい年、新しい決意-スペシャルインタビュー」、中山美穂が「「君の瞳に恋してる!」恋愛マニュアル」、浅香唯が「映画「YAWARA!」スペインロケ特報」。

関連項目 編集

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