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稚児髷

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稚児髷(ちごまげ、ちごわげ)は、平安時代安土桃山時代の少年の髪形、及び、それに類似した江戸時代から結われた少女の髪形。「輪物」系に属する。稚児輪(ちごわ)、唐輪(からわ)、唐子髷(からこまげ)、御稚児(おちご)とも呼ばれる。牛若丸弁財天天女乙姫織姫、等の像、イラストの髪形が、これになる場合が多い。

結い方 編集

ファイル:Yoshitoshi Sojobo Instructs Yoshitsune in the Sword.jpg
ファイル:Noshiro Practical Girls' High School, Akita, Japan, Sewing Class 1916.jpg
ファイル:Tekom001.jpg

共通編集

頭頂部(ゴールデンポイントより1cm程前寄り)で一つに纏めた髪を左右に分けてそれぞれ輪にし、毛先を根元に納めて幅広の丈長をかけて結い終わる。根かもじは通常は使わない。鬢付け油を使わなくても結えるが晴れ着に合わせてきっちり結い上げたい場合は鬢付け油か水性のジェル状整髪料を使う(髷の型、ヘアピースを使う場合もある)。演劇・舞踊においては大人の日本髪と同様に前髪・鬢・髱を膨らませ、遊び毛を付加する場合もある。

少年の髪形編集

前髪を膨らませず、中央で左右に分ける。角前髪と同様に月代を剃る。

平安時代に稚児@大規模寺院の髪形として結われる様になり、後に皇族、平安貴族の少年の髪形として一般化する様になった[1]。江戸時代以降は天皇家、公家以外では殆ど姿を消した。現代では極一部の歌舞伎舞踊や祭で見られるだけになった。

少女の髪形編集

江戸時代以降は少女の髪形として結われる様になった。髷自体は少年の髪形と殆ど同じだが、前髪を眉尻の上辺りから広くとって上に上げるのが最大の特徴で、髷以外はひっつめとなる。おかっぱ頭の頭頂部に小さな髷を結う場合も多く、また幼い少女向きに前髪、鬢、を明確に分けない髪形(総髪)もあった。本来髪飾りは一切使用しないが、大正の初期ごろから花簪などを挿して飾るようになった。丈長の代わりに組紐や布で飾る場合もある。10代の少女の場合は桃割れ銀杏返しに類似した髪形(第二ちご@都風俗化粧伝、等)となる場合も多い。

特に身分の高い武家公家の姫君の側近くに仕える、五、六歳から十二歳ぐらいの「お小姓」(大名などに仕える武家の少年使用人である小姓とは別)と呼ばれる少女によく結われた髪型で、鬢付け油を使わずに簡単に結う事が出来、子供らしく可憐で古風で気品があることから明治から昭和戦前に掛けて一部の幼稚園・小学校(いわゆるお嬢様学校)では稚児髷に紫を制服に制定した(中学生以上は束髪)[2]。現在でも七つ参り十三参り祭礼などに参加する少女が結うことがあり、又、一部の舞踊の曲目で使われる場合がある(但し、現在では晴れ着の少女の髪形は結綿勝山髷が主流で稚児髷は思ったほど多くない。寧ろ、日本人形(牛若丸、わらべ人形、等)に見られる場合が多い)。

稚児髷が見られる祭り等編集

現代に於いては稚児髷は、思ったほど多くは見られない。それを見る事が出来る祭りや、舞踊作品、等をここで挙げる。(※:少年の髪形)

歌舞伎舞踊等編集

祭り等編集

参考文献編集

日本髪#参考文献を参照。

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